<はじめに>
〜科学的に再現性が可能な『過労性構造体医学』は
臨床治療医学の基礎理論〜
古くさい今までの診断法や治療法に固執していたのでは何ら発展は見出せない。治せない!治らない!それに新規性がない!
なぜなら、その程度の内容であれば既に医学部でそれ以上の理論や人材を数多く輩出しているからである。
しかし問題なのはその医学部でさえも1つだけ重要な理論を見落としてしまっていた為、その治療が一定の水準で止まり、今限界に達しているという事実である。
その重要な理論とは「亜急性疾患」・「慢性疾患」・「神経の不調」に対する正確な診断法と治療法であり、そしてその裏付けとなる基礎理論の確立だったのである。
確かに現代医学は負傷の瞬間がはっきりしている新鮮な損傷に対しては正確に解明しているが、これとは逆に全患者の80%以上を占めている、負傷の瞬間を特定または自覚できない亜急性・慢性的な損傷・神経の不調に対しては解明していないばかりか、その基礎理論さえも確立できないでいたのである。
一般の治療医学や負傷の瞬間がはっきりしている新鮮な損傷に対しては、その臨床治療の前提マニュアルとなる基礎理論が存在しているのと床治療の前提マニュアルとなる基礎理論が必要なのである。その理論こそ、重力とのバランスを科学した『過労性構造体医学』なのである。
今まで、この『過労性構造体医学』を中心に根本理論に基づいた診断や治療ができなかった為、正しい診断法や正しい治療法に結び付かず、医療の矛盾が起こってしまったのである。その為、「使い過ぎ」「運動のし過ぎ」「齢のせい」「太り過ぎ」と言って、隠れている本当の原因を読み取れない落ち度、つまり正しく診断できない落ち度を患者に責任転嫁してきたのである。
しかし、このオーバーコース(使い過ぎ症候群)では説明がつかないし、矛盾が起ってしまうのである。なぜなら、同じことをしてもまた、「同じ運動量」「同じ種目」「同じ年齢」「同じような体型」であっても、損傷を起す者と何でもない者とに分かれるからである。この差を追求したり、はっきりと解明しなかったから正しい診断法と正しい治療法に結びつかなかったのである。その為、治療法においても「固定」の意義やその必要性も甘くなり、治療行為が色あせ、対処療法・気休め・慰安的行為で終わり、治癒率も30年前と比べても進歩していないばかりか、低下さえしているように思えてならないのである。その結果、医師や治療家への信頼度が薄れ、患者の病院離れ、治療院離れが起っているのも確かなのである。
負傷の瞬間を特定できないまま発生した損傷を追及しないのは空論である。自然界のすべての出来事には因果関係があり、運動器系・神経系に発生する亜急性・慢性疾患・神経の不調にも必ず隠れている原因、つまり重力とのアンバランスに伴う反復性の外力が存在しているのである。
その因果関係を統計的な見地から立証しているのが第3の医学「過労性構造体理論」なのである。統計的な見地からであっても常にその因果関係を立証できるという事は1つの科学なのである。そしてそれは誰が実験しても同じ結果が再現できるという「再現性」が必要なのである。新しい理論や研究はまず仮説を立てる事から始まり、その仮説を再現できるということが必要なのである。
「過労性構造体医学」は「亜急性」・「慢性疾患」・「神経の不調」に対し、この新しい理論で力学的に実験や観察が可能であり、そしてそれは再現性に伴う因果関係を重力とのバランス「8方向の診断」(8通りのアンバランス)で証明や裏付けることができるのである。今、この理論を学ぶべき時代が到来したのである。
「重力とのバランス」とは自然界における力学の法則を人間に当てはめた根本理論であり、本書の重要性はこの部分にある。自然界の法則に基づいた根本理論というものは強いものである。どんな有能な医師や治療家また科学者であっても自然界の法則をくつがえす事は出来ないからである。そしてこの理論を一度知ったら医師であろうと治療家であろうと、また一般の人であっても人間として人間を治したい、助けたいという魂の叫びが必ず起こり、また自然とそのような方向に心が向かうものなのである。臨床治療を行う上でその前提となる基礎理論と治療医学の根本(最も効率的な診断法と治療法)を知り、人間本来の聖なる魂が目覚めたということであろうと思う所である。
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